萩旅行記
2010.05.30
今日は村田清風の別宅跡をご紹介します。
村田清風は明倫館に学び、毛利家10代斉房から15代敬親まで5代の藩主につかえ、その間には藩の財政改革(天保改革)などを実施、主導しました。 ここは城勤めのために25年間住んだ家で、現在は長屋門だけが残っています。
長屋門を入ると公園になっており、公爵毛利元昭によって建てられた石碑があります。
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